“諦めない”が切り開いた、製造現場のDX変革 | 武田薬品
45万リットルの蒸留水を削減ってナンダ?
“諦めない”が切り開いた、製造現場のDX変革
課題: 製造過程で多くの水を要する製薬工場。タケダ 大阪工場の製造ラインでも、必要な蒸留水が不足する問題が発生。
その課題解決のために、多額の設備投資が進められようとしていた。 だが、別の方法を提案したメンバーがいた。 「データを活用することで、解決できるはずだ」と。
“MISSION: 「データのチカラで製造現場の課題を解決せよ」
PROJECT MEMBER
神田貴仁
製造現場のDX推進担当 製造部門所属
川田真義
設備メンテナンス担当 大阪工場エンジニアリング室所属
ノア・ハインヅ
データ分析担当 GMSジャパン データサイエンスグループ所属
背景: 蒸留水不足により発生する2時間の空白 従業員の働き方・工場の稼働率に甚大な影響が出ていた
「また作業中断だ」 「再稼働は2時間後か……」
大阪工場のとある製造ラインでは、複数の従業員から落胆した声が発せられていた。 医薬品の製造では、原料としての利用だけでなく、機器の洗浄や装置の冷却など、さまざまな用途で大量の水が必要となる。特に、医薬品の原料や製造機器の洗浄には、品質を担保するために、水道水から不純物を取り除いたクリーンな水、蒸留水が欠かせない。 製品需要の高まりに伴い増産すると、当然、蒸留水の使用量も増加する。 蒸留水が不足すると、精製作業が新たに必要となる。
これまでも、できるだけ蒸留水が枯渇しないように需要と供給を試算していたが、蒸留水の供給が追いつかないことがしばしば起こるようになっていた。水を沸騰させ、必要量の蒸留水が溜まるまでに約2時間。その間、従業員の作業はストップせざるを得なかった。
「試算上は蒸留水の量は足りているはずなのに、なぜ不足するんだろう……」
そう思いを巡らせていたのは、製造部門のDX推進などを担当する神田貴仁だ。事前に試算した製造プロセスで最低限必要な蒸留水の使用量と、実際の使用量が乖離していたのだ。
追加投資に“待った”!既存のデータを調べ、試行錯誤
「その原因が何なのかを突き止めて解決の糸口を見つけなければ、と考えていました。困る同僚の姿を何度も目にし、なんとかしたいという意識が日に日に強くなっていました。薬を待っている患者さんのためにも、という危機意識も持っていました」
その思いから、既存システムを利用し仮説を立て、どうにか解決する方法を模索した。試算とは異なる蒸留水の使われ方、つまり実際にどこでどれだけの蒸留水が使われているかが詳細にわかれば、改善策を見いだすことができるのでは、と信じていたからだ。
「約半年ほど、既存のシステムで取得できるデータの検証を必死にすすめていたのですが、必要なデータがそろわず、なかなかうまくいきませんでした」
そんなとき、社内では設備増強によってこの問題を解決しようとする動きが見えはじめていた。
「ちょっと待って、と思いました」
データがそろいさえすれば、設備投資しなくても問題解決できるはず……。 まだ神田は諦めていなかったのだ。
“データの取得が突破口になるはず。
改善: 状況を打開したのはデータサイエンティストからの助言
「検討ありがとう、でもそろそろ追加の設備投資を進めるべきタイミングかもしれないよ」
部門内からの声には納得できる部分があった。
「たしかに自分たちでやれることはやったので。でも“データさえあれば”という気持ちが消えなかったんです」
そんな神田の頭に浮かんだのがデータの専門家の存在だ。タケダの製造部門にはデータ活用やDXのプロフェッショナルであるデータサイエンティストが所属するグループがある。
「データサイエンティストにこれまで検証したことと、足りていないデータを伝えました。すると、今まで活用していなかったシステムを紹介してもらうことができたのです」
データサイエンスグループのノア・ハインヅは振り返る。
「私たちデータサイエンスグループからは、施設ごとの蒸留水使用量をリアルタイムに可視化できるシステムを紹介しました。神田さんが事前検証をできる限り済ませた上で、我々と丁寧なコミュニケーションをとってくれたので、次のステップにスムーズにすすめたのです」
“蒸留水の使用量はデータで可視化できる。
部門間連携によってデータ活用が動き出す!新たな行動が導く課題解決
解決の糸口を掴んだ神田は、さらなる連携にも踏み出す。日々の設備メンテナンスを担当しているエンジニアリング室の川田真義にも協力を呼びかけたのだ。
「エンジニアリング室としては、データ活用によって蒸留水枯渇の課題を解決したのは、非常に新鮮で驚きました。神田さんの計画を聞いて、同僚のために、そして何より薬を待つ患者さんのために、できる!やらなければ!と思いました」
川田は追加データを取得するための新規センサーの取り付けに奔走した。しかし、その道のりは決して平たんではなかった。医薬品製造は品質を保つため、GMP(医薬品の製造管理及び品質管理の基準)と呼ばれる基準を厳格に順守して行われる。加えて、今回のラインは厳しい無菌環境が求められる。そのため、センサーひとつを取り付けるにも、綿密な下調べと各所への確認が欠かせない。確認を終えた後、限られた設備のシャットダウン期間を狙い、ようやく取り付けに成功したのだ。
“患者さんのために成功させたい。その一心でした。
センサーを取り付けたことで神田は新たなデータを取得。プロジェクトが一気に動き出した。
「分析の結果、必要以上の蒸留水を使って洗浄している設備があることや、複数の装置を同時に稼働させているため残量が想像以上に早く減っていることが明らかになりました。
蒸留水を効率的に使用するために、同時に稼働する必要のない装置は実施タイミングをずらしたり、設備での蒸留水使用量を最適化したりすることで、蒸留水の枯渇リスクを低減しながら、効率よく使用できるようになったのです。その結果、1か月に3~5回ほど発生していた蒸留水の不足がなくなり、新たな設備の増強を必要とせず、課題を解決できました」
成果: 年間で蒸留水45万リットル
水道水200万リットル
都市ガス7900立方メートルを削減
- 1年当たりの蒸留水削減量 45万リットル以上 (バスタブ1,800杯分※1杯250リットル)
- 1年あたりの水道水削減量200万リットル以上 (25mプール 4個分)
- 1年当たりの都市ガス削減量7,900m3以上 (風船 約520万個分)
- 1年当たりの蒸留水、水道水、都市ガスの削減量27%以上
その結果は、驚くべきものだった。年間で45万リットルの蒸留水(蒸留前の水道水量としては200万リットル)の削減に加え、水道水を蒸留水にする過程で使用していた都市ガス7900立方メートルの削減にもつながった。さらに、数億円かかる予定だった新たな設備投資も不要に。想像以上の結果を生み出すことができた神田は、喜びを噛みしめた。
「製造ラインで働く人たちからは“蒸留水の不足を心配せずに業務に打ち込めるようになった”“どの設備で多くの蒸留水が使われているか可視化されたことで蒸留水の使用量をより意識し、節水にもつながっている”“作業時間の遅延がなくなり、仕事後の予定を組みやすくなった”との報告を受け、心から嬉しかったです」
プロジェクトの成功が社内で話題となり、世界中のタケダの工場からも問い合わせが相次いでいるという。
「今回の成功プロセスを社内全体に広げられれば、水不足に直面する工場の課題を解決するだけでなく、全世界で働く仲間、地球環境、そして患者さんにとってサステナブルな医薬品製造の実現につながります。これからも患者さんに安定的に薬をお届けできる、とほっとする気持ちも込み上げました」
そう語る神田の瞳には、未来を見据えた強い意志が宿っていた。
今後の展望: 製造現場におけるDX成功の鍵は現場での気づきと連携し合える関係づくり
あらゆる製造現場において、DXやデータ活用推進は喫緊の課題だ。プロジェクト成功の鍵は何なのだろうか。
川田が振り返る。
「現場では日々、多くの課題が浮かび上がってきます。今回、神田さんの“気づき”から出発したように、どんな小さな気づきでも大きな変化を生む可能性があると思います。神田さんが諦めずに、目の前のデータや働く従業員と真剣に向き合い続けたことが、成功の大きな要因だったのではないでしょうか。仲間の"気づき"を見逃さず、今回のような素晴らしい連携を続けられるようにしていきたいですね」
ハインヅはデータの観点から重要な視点を語る。
「いくらデータがたくさんあっても、各現場にとってその数字がどういう意味を持つのか、現場の業務プロセスや特殊な状況などを理解していないと、データ活用はうまくいきません。そのため、部門間でたくさんコミュニケーションをとり連携し、全体像を掴むことが大切です」
今回のプロジェクトは、最初から順調だったわけではない。改善を進める中で何度も壁にぶつかり、それでも諦めずに試行錯誤を続けた先に見えてきたのは、単なるデジタル技術の導入ではなく、部門を超えて手を組み、共に進化しようとする文化だった。この文化が根底にあることで、データやデジタル技術の真価が発揮されるのだろう。
さらなるデータの民主化へ 未来へつながる活動はもう始動している
これからの展望を聞くと、3人は未来に向けて既に動き出していた。
「有用なデータやシステムは既に社内にあるのに十分に活用しきれていないのは、そのデータの存在や活用方法を知らないから。社内のあらゆる従業員がデータを活用できるように周知活動を強化し、“データを民主化”することで、現場全体でデータ活用を推進していきたいです」
川田の言葉に、神田が頷く。
「私も部門全体でデータへの理解度を深めていく努力をしていきたいと思っています。そのために、部門内でも週1回、DXやデータ活用の自由な教育相談の場を設けています。そこで学んだ人が現場の仲間にまた教えることで、さらなる浸透につながると信じています」
ハインヅもまた、未来を見据えている。
「各現場にいる人たちが、データを自分たちのものとして活用できるようにサポートすべく研修会を積極的に開催しています。究極の理想は、それぞれの部門が自走することで私たちが現場に必要なくなること。そして、私たちデータサイエンティストはその先の、先端技術の活用をけん引する存在になることを目指しています。それが、薬を必要とする患者さんの未来にもつながると信じています」