オレキシンの科学 - 睡眠とナルコレプシーの謎を解く鍵 | 武田薬品
オレキシンの科学 - 睡眠とナルコレプシーの謎を解く鍵
本コンテンツは、情報提供のみを目的として一般公開されたものであり、この分野の専門家や医療従事者からの助言に代わるものではありません。適切な診断と治療を受けるためには適切な医療機関を受診してください。ナルコレプシータイプ1の症状や重症度は患者さんによって異なります。本コンテンツで紹介する症状があっても、ナルコレプシーとは限らない点にご留意ください。
睡眠は単なる休息と見られることもありますが、実は、高度に体系化された生物学的プロセスなのです。このプロセスは、組織を修復し、脳の老廃物を排出し、記憶を整理し、感情や代謝の制御を助ける働きがあります1。 そのため、この精密に練り上げられたシステムが慢性的に阻害されると、大きな影響を与える可能性があります。その一例が、ナルコレプシーです。ナルコレプシーは、睡眠と覚醒の境界があいまいになる希少な神経疾患です。
夜によく眠れなかったせいで、日中に頭がふらふらしてしまう経験は、珍しくないでしょう。しかし、それが「常態化」して、常に夜間の睡眠が分断され、日中に起きていることが困難になったとしたら、どうなるでしょうか。それが、ナルコレプシータイプ1(NT1)の患者さんの日常です。しかも、睡眠麻痺や幻覚、そして強い感情によって引き起こされることが多い突然の脱力発作(カタプレキシー)にも悩まされます。それだけではなく、NT1の患者さんは思考力や記憶力、集中力、注意力の面で困難が伴うこともあります2。
この疾患が医学文献で初めて紹介されたのは今から百年以上も前のことですが3、 その生物学的原因が解明されたのは1999年に入ってからでした。このとき、この疾患の背景にある遺伝学的手がかりが、スタンフォード大学のエマニュエル・ミニョー教授と筑波大学の柳沢正史教授によってそれぞれ独自に、お互いを認知しないまま、発見されました。両者の研究は、それまで未知だった脳内の化学的伝達物質のオレキシン(ヒポクレチンとしても知られています)とその受容体が、睡眠と覚醒の制御の中心システムの一部であること4を解き明かしたもので、後の2023年には権威ある生命科学ブレークスルー賞を受賞しました。
この仕組みを理解するために、例えとして、受容体という「鍵穴」が脳細胞(ニューロン)の表面に埋め込まれていると想像してみましょう。その鍵穴に合う「鍵」がオレキシンなどの化学的伝達物質です。鍵穴と鍵がきちんと一致すれば、一連の生体信号が起こり、覚醒が促進され、突然入眠してしまうことはありません。しかし、鍵穴に一致する鍵がなければ、一連のシステムは乱れてしまいます。
当時、ミニョー教授はナルコレプシーの犬を研究していました。一方、柳沢教授は遺伝子操作されたマウスを用いて研究していました。両者は、オレキシンのシグナル伝達が存在しない、またはシグナル伝達に不具合があると、覚醒状態を維持する脳の能力が損なわれることを発見しました。さらに、同時期に、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のジェローム・シーガル教授は、NT1の患者さんにおいてオレキシン作動性ニューロンが失われているという証拠を発見しました5。
これらの発見により、NT1の仕組みが説明されただけでなく、その治療への道も示されました。これらの発見は、オレキシンが関与する他の睡眠・覚醒障害にも応用できる可能性があります。
ナルコレプシータイプ1の生物学的な仕組みや、この病気が引き起こす身体的・精神的な影響については、こちらの動画をご覧ください。
本情報の公開時点では、タケダにはナルコレプシータイプ1を標的として承認された製品はありません。
- Cirelli C, Tononi G. The Sleeping Brain. Cerebrum. 2017 May 1;2017:cer-07-17. PMID: 28698776; PMCID: PMC5501041.
- Cai A. The potential of orexin science: searching for a novel approach to treat narcolepsy type 1. Practical Neurology (US). 2025;24(4):13-14.
- Konofal E. From past to future: 50 years of pharmacological interventions to treat narcolepsy. Pharmacol Biochem Behav. 2024 Aug;241:173804. doi:
- Mahoney CE et al. The neurological basis of narcolepsy. Nat Rev Neurosci. 2019;20(2):83-93.
- Thannickal TC, Moore RY, Nienhuis R, et al. Reduced number of hypocretin neurons in human narcolepsy. Neuron. 2000;27(3):469-74. doi:10.1016/s0896-6273(00)00058-1.
Job Number: C-ANPROM/INT/NSP/0011; DoP: June 2025